私立小の値上げに騒ぐ親と、美容外科に逃げる医者——崩壊する「安くて高品質」という虚構

社会と価値観

子供が通う私立小学校から、来年度の学費値上げ通知が届いた。

インフレが進行し、円の価値が毀損し続けている現在、あらゆるサービスの価格が上昇するのは経済の基本原理だ。学校法人といえども、霞を食って生きているわけではない。コストが増えれば価格に転嫁する。これはあまりにも当たり前の話だ。

ところが、その後の保護者説明会は異様な空気に包まれていた。そこにあったのは、理性的な対話ではなく、感情的な「ルサンチマン(弱者の怨恨)」の噴出だった。

「安くて高品質」という社会主義的幻想

「教育の質は上げろ、セキュリティは強化しろ、だが金は払いたくない」。
保護者たちの要求を要約すれば、こういうことになる。

この理屈、どこかで聞いたことがないだろうか。
そう、我々医師が日々の診療現場で直面する、「あの」光景だ。

保護者の正体は「モンスターペイシェント」だ

日本の医療は、国民皆保険という名の下に運営される巨大な社会主義システムだ。患者は窓口でわずか1〜3割の現金を払うだけで、世界最高水準の医療アクセスを手に入れる。

本来なら数十万円する手術も、高度な検査も、子供の医療費に至っては自治体の助成で「無料(タダ)」だ。この異常な環境に長く浸かりすぎた日本人は、ある致命的な勘違いをしている。

「高度な専門サービスは、安価に提供されて当たり前だ」と。

3分診療だと文句を垂れ、待ち時間が長いと受付で怒鳴り散らし、そのくせ会計時には「高い」と不満を漏らす。彼らは、目の前の医師がどれだけのコストとリスクを背負っているかなど想像もしない。ただひたすらに「お客様(患者様)」としての権利を主張する。

今回の私立小の値上げ騒動で見たのは、この「患者様マインド」が、あろうことか資本主義の聖域であるはずの私立教育にまで浸食している様だった。

なぜ賢い医者は「美容」へ逃げるのか

いま、医療現場で何が起きているか。

理不尽なモンスターペイシェントの相手をし、公定価格という名の鎖に繋がれ、薄給で激務をこなすことに絶望した優秀な医師たちが、次々と「保険診療」を捨てている。
彼らの逃げ先はどこか。「美容外科(自由診療)」だ。

そこは純粋な資本主義の世界だ。価格は市場が決める。「二重にして可愛くなりたい」という欲望に対し、数十万、数百万円という対価が提示され、顧客はそれに納得して金を払う。そこには「安くしろ」という甘えも、「医者は聖職だろ」という精神論もない。

供給者(医師)が、理不尽なシステム(保険診療)に見切りをつけ、正当な対価が得られる市場(美容)へと流出する。
これが市場原理だ。

学校が「保険診療化」すれば終わりだ

今回の値上げに反対する保護者たちがやろうとしているのは、私立小学校を「保険診療化」することに他ならない。

「質は維持しろ、値段は上げるな(=教職員は自己犠牲で働け)」と要求し続ければどうなるか。
優秀な教員から順に、その学校を見限るだろう。より高い給与、より良い環境を提供してくれる他の私立校や、あるいは教育産業そのものから去っていく。

結果、学校に残るのは、他に行き場のない無能な教員と、クレーマー化した保護者だけ。それはまさに、崩壊寸前の地方病院の姿そのものだ。

「選別」こそが私立の機能である

誤解を恐れずに言えば、私立小学校の機能の一つは、経済力による「スクリーニング(選別)」にある。

高い学費は、ある種のフィルターとして機能する。値上げによって、経済的に余裕のない家庭、あるいは「コストと対価」の関係を理解できない「患者様マインド」の家庭が淘汰されるなら、それは学校経営にとっても、残った子供たちにとっても、長期的には「最適解」となる。

我々医師が美容外科に流れるのを止める術がないように、私立学校が値上げをするのも止められない。
インフレとは、貨幣価値の調整局面であると同時に、社会階層の再編プロセスでもある。波に乗れない者は振り落とされる。ただそれだけのことだ。

私は値上げに賛成だ。それは学校を守るためであり、ひいては、そこに通う我が子を「モンスターペアレント」というノイズから守るための、必要なコストだからだ。

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