福岡の商業施設で起きた凄惨な事件。冬空の下、そのニュースは列島を駆け巡った。
スタッフを刺した30代の男。彼を「モンスター」と呼ぶのは簡単だ。だが、作家・橘玲氏の著書『幸福の資本論』のフレームワークを借りて分析すれば、彼はモンスターではなく、ある残酷な状態の「極地」にいただけだということがわかる。
それは、**「3つの資本」のすべてが欠落した状態(貧困)**である。
幸福の土台となる「3つの資本」
橘氏は、私たちが社会で幸福に生きるための土台は、大きく分けて3つの資本から成り立っていると説く。
- 人的資本(働いて稼ぐ力、スキル)
- 金融資本(資産、不労所得)
- 社会資本(家族、友人、地域社会との絆)
理想論を言えば、仕事で成功し、出世すれば、この3つは自然と満たされていく。高いスキルで稼ぎ(人的)、資産が増え(金融)、社会的地位と人脈が得られる(社会)。これが教科書的な「成功者」のモデルだ。
しかし、現実はそううまくはいかない。
今回の事件の容疑者は、無職で(人的資本ゼロ)、金もなく(金融資本ゼロ)、話し相手もいない(社会資本ゼロ)という、いわゆる「8重苦」の状態だった。これでは精神が崩壊するのも時間の問題だ。
マイルドヤンキーという「社会資本の勝者」
一方で、地方には不思議なほど幸福度の高い層がいる。いわゆる「マイルドヤンキー」だ。
彼らは決して高収入ではないかもしれない(人的・金融資本は高くない)。しかし、彼らには圧倒的な**「社会資本」**がある。地元の「ズッ友」、先輩後輩の強固なネットワーク、そして近くに住む親族。この濃密な人間関係の中にいる限り、彼らは決して孤独にはならない。
彼らは、金がなくても「絆」だけで生きていける。ある意味で、彼らは現代社会における最強の「精神的勝者」かもしれない。
都会の医師が抱える「潜在的リスク」
では、ひるがえって私たち医師はどうだろう。
私たちは、彼らとは決定的に違う。最強の**「人的資本(医師免許)」**を持っているからだ。働けば稼げる。だから、多少の浪費をしても、貯金がなくても、明日食うに困ることはない。事件の彼のような絶望とは無縁に見える。
しかし、ここには重大な落とし穴がある。私たちが都会で個として生きることを選んだ代償として、「社会資本(絆)」が極めて脆弱だという点だ。
地元のしがらみを嫌い、隣人の顔さえ知らず、仕事の繋がりが切れれば誰とも話さない日々。それでも平気なのは、今、私たちが健康で、稼げているからに過ぎない。
「人的資本」が毀損した時、本当の危機が訪れる
想像してみてほしい。もし、病気や事故、あるいは老いによって、あなたの最強の武器である**「人的資本(稼ぐ力)」が突然失われたとしたら?**
その時、マイルドヤンキーのような「絆」を持たない都会の私たちが、もし**「資産形成(金融資本)」にも失敗していたら**どうなるか?
稼げない、金もない、無条件で助けてくれる人もいない。
そこで初めて、私たちは福岡の事件の彼と同じ、寒々しい**「孤独な貧困」**の淵に立つことになる。プライドだけが高い元医師が、社会のセーフティーネットからこぼれ落ちた時、その精神がどう歪んでいくかは、想像に難くない。
結論:「稼げるうちに」防波堤を築け
医師がすぐに「無敵の人」になるわけではない。だが、私たちは「人的資本一本足打法」という、非常に危ういバランスの上に立っていることを自覚すべきだ。
理想的な「3つの資本」のコンプリートは難しい。特にフリーランスとして生きるなら、「社会資本」の脆弱さは覚悟すべきだ。
だからこそ、私たちは「人的資本」が健全に機能しているうちに、意識的に**「金融資本」**を積み上げなければならない。
それは贅沢のためではない。将来、何らかの理由で「稼ぐ力」が失われた時、マイルドヤンキーのような仲間がいないあなたを、最後の最後で孤独から守ってくれる唯一の防波堤になるからだ。

