「新味なき処方箋」が突きつける不都合な真実
橘玲の新刊『プアジャパン』が突きつけるのは、もはや誰もが薄々感づいていながらも直視を避けてきた、「この国はもはや豊かな国ではない」という冷徹な現実である。かつての経済大国という名の栄光は色褪せ、世界から「安くて質の良い労働力と観光資源の供給地」として買い叩かれる。その残酷な現実を、いつものように身も蓋もないデータと共に我々の眼前に突きつけてくる。読書体験としては、心地よいものでは断じてない。
しかし、さらに不快で、かつ重要なのは、その処方箋の「新味のなさ」である。国家が貧しくなるというマクロな環境変化に対し、個人が取るべきサバイバル戦略として提示されるのは、過去の著作で繰り返し語られてきた内容とほとんど同一なのだ。この既視感に満ちた処方箋を前に、「また同じ話か」と本を閉じるのは、極めて浅薄な態度と言わざるを得ない。なぜなら、この「新味のなさ」こそが、我々が生きる時代の最もグロテスクな本質を暴いているからだ。
つまり、世界情勢や日本の経済状況は刻一刻と悪化の一途を辿っているにもかかわらず、個人が取り得る最強の生存戦略は、10年以上前から全く変わっていないという事実。これは、その戦略が普遍的な正解であることを証明すると同時に、「知っているだけでは何の意味もない」という最終警告に他ならない。著者はもはや新しい知識を与えるのではなく、行動しない我々の背中を無慈悲に蹴り飛ばしているのである。
「知っている」と「実行する」を隔てる絶望的な断絶
その「変わらない正解」とは何か。極めてシンプルである。稼げるうちに可処分所得を最大化して種銭を築き、それを全世界の有望な株式、すなわち外国株インデックスファンドに投じ、長期で保有し続けることだ。我々の給与所得という「人的資本」は、良くも悪くも日本円に固定(ペグ)されている。この単一通貨への過剰な依存という構造的リスクを相殺するためには、せめて金融資産だけでも米ドルをはじめとする外貨建て資産に分散させるのが、唯一の合理的な解となる。
私自身、この「誰でも知っている正解」を10年以上前から愚直に実行してきた。資産の大半を外国株に振り向けた結果、この10年で資産は円建てで5倍以上に膨れ上がった。これは私が特別な慧眼を持っていたからではない。ただ、世の中の構造を分析し、最も確率の高い選択肢を冷徹に選び、実行に移しただけのことだ。リスクを取らないことが最大のリスクであるという、資本主義の鉄則に従ったに過ぎない。
この事実が残酷に照らし出すのは、「情報を知っている」ことの価値が限りなくゼロに近づき、「リスクを取って実行する」ことだけがリターンを生むという、現代社会の非情なルールである。「全世界株インデックスが最適解らしい」と口では語りながら、未だに銀行の普通預金に資産を眠らせている人間は、知識を脳内のアクセサリーとしてしか活用できない、知的怠惰の極みである。彼らは、自らの不作為によって緩やかに貧困へと沈んでいく運命を、自ら選択しているのだ。
プアジャパンにおける「ゲームのルール変更」という名の罠
ここで、「これから蓄財を始める若い世代は、そもそも種銭を作ることが困難で気の毒だ」という感傷的な意見が聞こえてきそうだ。確かに、実質賃金が上がらないこのプアジャパンにおいて、資産形成の初期ハードルが上昇しているのは事実である。しかし、この同情は、より重要な構造変化から目を逸らすための欺瞞に過ぎない。
我々が投資を始めた10年前は、NISAのような強力な非課税制度もなければ、「オルカンを買っておけば間違いない」という国民的コンセンサスも存在しなかった。むしろ、「外国株は危険だ」という無知なノイズに満ちていた。それに比べ、現代の若者はどうか。スマートフォン一つで世界中の企業にアクセスでき、国が用意した手厚い非課税制度という名の補助金まで手にしている。投資を実行するための環境は、かつてとは比較にならないほど天国のように整備されている。
つまり、ゲームのルールは根本的に変更されたのだ。「種銭を作る難易度」は上がったが、「投資を実行し、富を築くためのインフラ」は圧倒的に改善された。このルールの変更を理解せず、ただ旧世代の嘆きを模倣するのは、思考停止以外の何物でもない。環境の変化を正確に認識し、新たな戦略を構築できる者だけが、この残酷なゲームの勝者となる資格を得る。
思考停止したエリートの末路――資産50倍の残酷な格差
この「思考停止か、行動か」という分岐がもたらす残酷な格差は、権威主義的で同調圧力の強い閉鎖的なコミュニティにおいて、よりグロテスクな形でその牙を剥く。典型的なのが、医師の世界である。
旧来の価値観に染まった者たちは、今もなお「大学教授の言うことを聞き、医局人事で地方に飛ばされ、安い給料で奉公すること」が安定したキャリアだと信じ込んでいる。彼らは、自らを社会のエリートと規定しながら、その実態は、思考を放棄し、変化する時代から目を背け、旧態依然としたシステムに搾取され続ける奴隷に他ならない。結果として、彼らは高い税金を払いながら、いつまでも貧しいままである。
その一方で、同じ医師免許を持ちながらも、システムの呪縛から逃れたフリーランスという存在がいる。彼らは自らの頭で市場を分析し、節税という名の防御策を講じ、より高い報酬を求めて自らの価値を最適化する。結果、思考停止した同僚たちの10倍、あるいは50倍もの資産を築き上げるという、にわかには信じがたいほどの経済的格差が生まれている。これは、知能や能力の差ではない。ただ、自らの人生の舵を他人に委ねるか、自分の手で握りしめるかの差でしかない。
皮肉なことに、「安定」を求めて思考を放棄したエリートこそが、システムのルール変更や組織の都合一つでキャリアが転覆する、最も「不安定」な存在へと成り下がる。この逆説こそが、プアジャパンというディストピアを生き抜く上で、我々が決して忘れてはならない本質なのである。
あなたに残された、冷徹なサバイバル戦略
もはや、「国や組織がいつか守ってくれる」という甘い期待は、精神を蝕む猛毒でしかない。我々は、自らが「見捨てられた存在」であるという冷徹な自覚を持つことから始めなければならない。この労働市場の構造的歪みと、人間の本能的な残酷さを直視し、すべての幻想を捨て去るのだ。
橘玲が10年前から同じ処方箋を繰り返し提示し続けるのは、それが今なお有効な唯一の解だからだ。他人の言説を鵜呑みにせず、自らの頭でこの残酷な世界を分析し、リスクを計算し、ただ淡々と行動に移す。これこそが、資本主義という名の巨大なゲーム盤の上で、自分の駒を失わずに生き残るための唯一の方法論である。
思考を停止し、誰かが用意した安易な「正解」に身を委ねることは、緩やかな自殺に等しい。自らの人生の主導権を握り、プアジャパンという荒波を乗りこなすこと。それこそが、この時代に課せられた、唯一にして最強のサバイバル戦略なのである。


