現代の日本社会において、これほど消費しやすいエンターテインメントもないだろう。最高学府の頂点に君臨するエリート教授が、高級風俗店での接待という、あまりにもベタで即物的な欲望によって破滅する。ワイドショーやSNSは「倫理観の欠如」を叩き、市井の人々は「自分ならあんな馬鹿なことはしない」と、全能感に浸りながら正義の石を投げる。だが、こうした大衆の反応こそが、物事の本質を最も見えにくくしている。
まず確認しておくべきは、この元教授がこれから歩むことになる、文字通りの「地獄」である。医師免許というプラットフォーム自体は残るかもしれない。しかし、これまで彼を全能の神たらしめていた「東大教授」という無上のブランド、数億円規模の研究費を差配する権力、そして学界での絶対的な地位は一瞬にして消滅した。残されたのは、ネットのデジタルタトゥーと、かつて平伏していた部下や業者からの冷ややかな視線だけだ。社会的死を迎えた人間のその後の人生は、いかに医師免許があろうとも、想像を絶する苦難に満ちている。
しかし、ここで彼個人のキャラクターや道徳心を責め立てたところで、何の問題の解決にもならない。真に驚くべきは、世間の人間が「自分があの立場でも、清廉潔白でいられた」と本気で思い込んでいる傲慢さだ。数百人、数千人の運命を左右する権力を持ち、周囲が全肯定のイエスマンで固められ、業者がおねだり以上の歓楽を差し出してくる環境に数年間浸かって、まともな精神を保てる人間など、この世にほとんど存在しない。あの東大教授は、特異な悪人だったのではなく、歪んだシステムが自動生成した「ありふれた王様」に過ぎないのだ。
当然ながら、東大側は「トカゲのしっぽ切り」でこの事態を幕引きにしようと躍起になっている。あたかも「一人の不届き者が組織を汚した」かのように振る舞うが、真のガバナンス欠如は東大の構造そのものにある。情報が隠蔽され、予算の配分やスケジューリングが密室で行われるブラックボックス。これこそが、不正を誘発する最大の温床だ。現代社会において、一人の人間に権力と情報を集中させ、それを「属人的な善意」に期待して運用すること自体が、システムデザインとして致命的な欠陥なのである。
では、この「60点」の欠陥システムを、せめて「80点」のまともな状態に引き上げるにはどうすればいいのか。その答えこそが、テクノロジーによる「透明化」であり、具体的にはAIガバナンスの導入である。今日では、教授のスケジュール、予算の使途、面会記録、メールのやり取りにいたるまで、あらゆるログをAIに監視させることが技術的に可能だ。密室での接待を示唆するような不自然なスケジューリングや、特定の業者への不透明な発注プロセスを、AIがリアルタイムで検知し、アラートを鳴らすシステムを構築すればいい。
人間は、監視の目が届かない密室では容易に腐敗するが、すべての行動がデジタルアーカイブされ、AIによって可視化されていると知れば、自制心を取り戻す。100点満点の完璧な人間を育てることなど不可能なのだから、システムを「不正が不可能な構造」へとアップデートするしかない。東大が今なすべきは、元教授を冷酷に切り捨てることではなく、自らの組織をAIによって徹底的にオープン化し、その絶対的な権威のブラックボックスを解体することだろう。それを行わない限り、第二、第三の「裸の王様」が誕生するのは、時間の問題でしかない。

