不都合な真実としての「絶滅」
「医師はAIに代替されない職業である」という神話は、いまや崩壊の危機に瀕している。とりわけ、その震源地に立たされているのが「画像診断(読影)専門医」だ。
彼らは長らく、医療界における知的な貴族階級だった。薄暗い読影室で高解像度モニターに向かい、静止画の中に潜む微細な病変を見つけ出す。患者の体液に触れることもなければ、深夜の急変に叩き起こされることもない。高度な専門知識(コグニティブ・キャピタル)を武器に、高収入とQOL(生活の質)の両立を実現していたはずだった。
しかし、残酷なことに、その「知的な聖域」こそが、AIという捕食者にとって最も美味しい餌場だったのである。
15年前の「理想郷」と節税スキーム
時計の針を少し巻き戻してみよう。
15年ほど前、ブロードバンドの普及とともに、画像診断医は「働き方改革」のトップランナーだった。CTやMRIの画像データさえあれば、物理的に病院にいる必要はない。自宅にワークステーションを設置し、遠隔で診断を行う「テレラディオロジー」が急速に普及した。
この波に乗った一部の聡明な医師たちは、こぞって「一人法人(マイクロ法人)」を設立した。
彼らの戦略は極めて合理的だった。
複数の病院と契約し、自宅で好きな時間に画像を読み、報酬を法人で受け取る。クリニック開業のような巨額の設備投資も、スタッフを雇う人間関係のストレスもない。おまけに、自宅の家賃や光熱費、移動の車を経費計上し、巧みな節税スキームを構築することで、手取り収入を最大化した。
汗をかかず、リスクを負わず、スマートに稼ぐ。彼らは間違いなく、当時の医療界における「勝ち組」であり、多くの勤務医がその自由に嫉妬した。
「デジタル完結」という致命的な脆弱性
だが、皮肉な逆転劇が幕を開ける。
彼らを勝ち組に押し上げた要因――すなわち「仕事がすべてデジタルデータで完結する」という特徴こそが、AI時代においては致命的なアキレス腱となったのだ。
AI(ディープラーニング)の優位性は、単に「疲れない」「文句を言わない」という労働者としての従順さだけではない。
彼らは、過去の膨大な統計データと目の前の画像を照合し、その影が「98.2%の確率で悪性である」という客観的な解を瞬時にはじき出す。
それだけではない。
AIは世界中で毎日発表される最新の医学論文をリアルタイムで学習し、その知見を即座に診断ロジックへ反映させる。ベテラン医師が一生に一度出会うかどうかのマイナーな奇病であっても、そのデータベースから漏れることはない。
人間の医師が「経験」という名のバイアスや、薄れゆく記憶に頼っている間に、AIは「確率」と「全知」という神の視点で診断を下す。
計算機に算盤で挑むような戦いは、始める前から勝敗が決しているのだ。
「身体性」を持つ者だけが生き残る
一方で、同じように画像を扱う分野でありながら、かろうじて生き残る道が見えている領域がある。
それが、私の専門とする「消化器内視鏡」の世界であり、そして放射線科の中でも異端の存在である「IVR(画像下治療)専門医」たちだ。
誤解しないでほしいが、診断(Diagnosis)の領域においては、我々もまたAIの軍門に下りつつある。ポリープの鑑別や血管走行の把握において、AIのアシストはすでに人間を凌駕し始めている。
しかし、決定的な違いがひとつある。それは「身体性」だ。
内視鏡医はスコープを、IVR医はカテーテルやガイドワイヤーを、生身の患者の体内に挿入する。
血管の弾力を指先で感じ、呼吸に合わせてデバイスを操作し、出血があれば物理的に止血し、腫瘍を焼き切る。
モニター上のピクセルを眺めるだけの「情報処理」とは異なり、ここには常に物理的なフィードバックと、予測不能な生体反応への即興的な対応が求められる。
ロボット技術は進化しているとはいえ、複雑怪奇で個体差の大きい人間の血管や消化管の中を、自律的に動き回って処置を完遂できるロボットが登場するには、まだ半世紀はかかるだろう。
つまり、AI時代において医師を守る最後の防波堤は、かつてスマートではないと敬遠されたかもしれない「手仕事(マニュアル・レイバー)」にあるのだ。
残酷な「科内格差」の到来
ここには、現代の労働市場におけるひとつの真理が隠されている。
知的で、クリーンで、デジタル化しやすい仕事ほど、AIによる代替の波に早く飲み込まれる。
逆に、物理的接触を伴い、不確実性が高く、ある種の「泥臭さ」を伴う仕事は、テクノロジーの侵食に対して強い耐性を持つ。
同じ放射線科医であっても、読影室に籠もる診断医と、血管撮影室で汗をかくIVR医の間には、今後埋めがたい「生存確率の格差」が生まれるだろう。
我々は認めなければならない。「頭がいい」ことの市場価値は暴落の一途を辿っている。
これからの医師に残された道は、AIには模倣できない「身体性」を磨き上げ、デジタルとフィジカルの境界線で戦うことだけだ。
かつての勝ち組たちが立っていた足場は、すでに崩れ去っているのだから。
